移転しました
超ざっくり哲学史「無と有、万物は流転する」
前回の続きです。
「神話、ミレトスの学者」
僕の哲学の勉強に、しばし付き合って頂きたいと思います。
つまり、「変化」というものは認めないというスタンスでした。そして、彼は、感覚の世界では矛盾が起こるが、理性においては正しいことなので、それは不変なものだ、という結論に達しました。
「神話、ミレトスの学者」
僕の哲学の勉強に、しばし付き合って頂きたいと思います。
パルメニデス
紀元前500年頃、イタリアの都市エレア出身のパルメニデスは、「無」から「有」は生まれないと考えました。自然界には、まるで「無」から「有」が生まれるような現象が多々あります。
土から木が生えるのだって、知識が無ければ、今まで何もなかった所に、木という「有」が生じたと思いこんでしまうでしょう。しかし、理性的に考えると、何もないところから急に何かが現れるなんてあり得ない。パルメニデスはそう考えたわけです。同じように、「有」は「無」になり得ないとも考えています。
実際の現象、つまりそれを認識する感覚よりも、理性を優先して考えるあたり、彼は合理主義の祖でもあると言えるでしょう。また、彼はそこで止まることがありませんでした。
アナクシメネスは、空気が万物の根源と考え、空気が変化することによって、様々な物質が作られると考えていました。アナクシメネスは、変化に注目したわけですが、パルメニデスも観察眼の備わった人のようで、同じように変化に着目しました。
しかし、行きついた結論というのはアナクシメネスとは違い、彼の「無から有は生じない」という考えを元にしたものでした。変化する、ということは、今まであったものが消え、新しいものが生じる、そういうものだと解釈したわけです。
つまり、無から有が生じる、それが変化であると彼は捉えました。しかし、理性はどうしてもそれを受け入れないので、彼は、「感覚は世界を誤った風に認識させる」というように解釈しました。
つまり、「変化」というものは認めないというスタンスでした。そして、彼は、感覚の世界では矛盾が起こるが、理性においては正しいことなので、それは不変なものだ、という結論に達しました。
ヘラクレイトス
万物は流転する
同時期、ヘラクレイトスという哲学者が、小アジアのエフィソスという所にいました。彼は、パルメニデスが感覚よりも理性を重んじたのに対し、感覚の方を信じました。つまり、実際自然界で変化は起きており、それは全てのものに共通する現象であると考えました。
「万物は流転する」という言葉は有名ですが、後の人が付け加えたという説があります。ただ、それに準ずるようなことは言っていたようで、「同じ川に入ることはない」という言葉が残っています。まるで方丈記のようなことを言っていたわけですが、仏教でいう諸行無常に近い概念であると思います。
絶えまない変化を中心思想とする一方で、彼は世界は対立であふれていることに目を付けました。例えば、生と死、病気と健康、空腹と満腹など、対立する概念が世の中にはたくさんあります。
ヘラクレイトスは、「神は昼にして夜、冬にして夏、戦争にして平和、飽食にして飢餓である」、という言葉を残しています。彼は「神」という言葉を使っていますが、この言葉は、対立する概念、同時に起きれば矛盾を生むような概念を内包する存在、概念として使われています。
彼は「神」という言葉の代わりに「ロゴス」(理性)という言葉を使いました。ヘラクレイトスは対立する概念、変化していく現象の裏に横たわる、もしくは、それを内包するもっと大きい概念として「ロゴス」を考えました。
しかし、「上り坂と下り坂は同じものである」という言葉を残しているので、対立する概念は本質的には同じものである、と考えていた可能性もあります。ただ、上り坂、下り坂を区別する際の境界をロゴスと名付けたのかもしれませんが。
「万物は流転する」という言葉は有名ですが、後の人が付け加えたという説があります。ただ、それに準ずるようなことは言っていたようで、「同じ川に入ることはない」という言葉が残っています。まるで方丈記のようなことを言っていたわけですが、仏教でいう諸行無常に近い概念であると思います。
絶えまない変化を中心思想とする一方で、彼は世界は対立であふれていることに目を付けました。例えば、生と死、病気と健康、空腹と満腹など、対立する概念が世の中にはたくさんあります。
ヘラクレイトスは、「神は昼にして夜、冬にして夏、戦争にして平和、飽食にして飢餓である」、という言葉を残しています。彼は「神」という言葉を使っていますが、この言葉は、対立する概念、同時に起きれば矛盾を生むような概念を内包する存在、概念として使われています。
彼は「神」という言葉の代わりに「ロゴス」(理性)という言葉を使いました。ヘラクレイトスは対立する概念、変化していく現象の裏に横たわる、もしくは、それを内包するもっと大きい概念として「ロゴス」を考えました。
しかし、「上り坂と下り坂は同じものである」という言葉を残しているので、対立する概念は本質的には同じものである、と考えていた可能性もあります。ただ、上り坂、下り坂を区別する際の境界をロゴスと名付けたのかもしれませんが。
万物の根源は火である
少し「ソフィーの世界」から離れます。ヘラクレイトスは、万物の根源は火であるということを言っています。しかし、彼が考える万物の根源というのは、それまでの物質的な話から少し外れているように思います。
この「火」ということについて「宇宙は、永遠に生きる火である」と語っています。宇宙という言葉は、どういう意図で使ったのでしょう。この世の中全て、という意味で使ったのでしょうか、それとも空の上にある宇宙空間を指したのでしょうか。
前者の意味で言えば、世界は永遠の火である、ということですが、彼は対立する概念は、もっと大きなものの一面である、と考えていたとすると、永遠の中に有限性を見出していたはずです。
「火」をどういう意図で使っていたか、ということですが、火は全てを飲み込み灰へと変えていきます。人間が必死になって作り上げたものを、火は瞬く間に塵へと変えます。破壊的なものの象徴として「火」を使ったのであれば、「火」は再生と創造も含んでいなければなりません。
そういう意味で考えてみると、「宇宙は永遠の火である」、これは万物は有限と無限、そして創造と破壊を絶えず繰り返している、という風に読み取ることも出来るでしょう。
長くなりましたが、後者の物質的な意味であるかもしれません。「火は土の死から、土は水の死から、水は空気の死から、空気は火の死から生まれる」という言葉も残っていますので、もしかしたら物質的な意味で、「火」を使っていたのかもしれません。
「四大元素、原子、運命」
「四大元素、原子、運命」
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